イスラム思想スペクトル。

以前、政治思想スぺクトルという図解を紹介しましたが、
そこで特別扱いと見なしていたイスラム原理主義について
今回はイスラム思想スペクトルを描いてみました。

アサド政権、反政府軍、ISIL三つ巴のシリア内戦
カタール外交危機(湾岸諸国からの孤立)
サウジのシーア派指導者ニムル師の処刑(サウジVSイラン)
カショギ事件(サウジVSトルコ)など
現在の中東世界はイスラムに馴染みのない我々にとって
非常に複雑な構造になっているので
それを理解する上で役立てられるかなと思います。

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シャーリアとイマーム

縦軸がシャーリア(イスラム法)の重要度
横軸はイマーム(ムハンマドの血統)の重要度を表しています。
左右でシーア派、スンナ派、上下で原理主義、世俗主義と大別できます。
シャーリア、イマーム共に重要なのがイラン(左上)
シャーリアは重視しないがイマームを重視するアゼルバイジャン(左下)
シャーリアは重要だがイマームは重視しないサウジ(右上)
シャーリアもイマームも重視しないトルコ(左下)と
それぞれを対比する事で少し関係性が分かりやすくなります。
これとは別にマスコミが一般にイスラムを区別する際に使う言葉に
過激派、穏健派というものがあります。
いわゆる原理主義を標榜する国や組織を過激派と呼ぶ傾向が多いですが、
アメリカの同盟国であるサウジの名が上がらないように
これは実際の思想や活動が暴力的か否かはあまり関係がなく、
イスラエルの存在を認めるか否かという政治的区別でしかありません。
一応過激派武装集団と呼ばれる組織には下線を引きましたが、
基本的にはほとんどの国民や民族が
アラブ人をパレスチナから追い出したイスラエル(ユダヤ人)に反感を持ってます。

政教一致のイスラム世界

西洋、およびその影響を受けた我が日本も含む東洋では
自由主義、権威主義、資本主義、社会主義と
政治体制の種類はあれど政教分離原則が当たり前になっているので
近代以降、宗教問題が政治問題化することはほとんどありませんが、
イスラム圏は政教一致
イスラム法(シャリーア)が最高の法律であり、
どこの国にいようが世界中のムスリムはこれに縛られます
イスラム教の信者数は
およそ16億人でキリストに次ぐ規模の世界宗教であり、
日本にも礼拝のためのモスクがあり、ハラール食があるのはこのためです。
また政教一致であるからこそ
スンナ派とシーア派の対立が根深いわけでもあります。

スンナ派VSシーア派~ムハンマドの後継者争い~

元々はムハンマドの後継者争いが発端で分派したもので
血統を重視したのがシーア派、血統に拘らなかったのがスンナ派です。
スンナ派は前任者の推薦や共同体の合意に基づいて
預言者の後継者「カリフ」を決める方針であるのに対し
シーア派は預言者ムハンマドの娘ファーティマ
彼の従兄弟かつ女婿のアリーとの子孫のみが
指導者「イマーム」の資格があるとされ、
イマームは絶対的に正しく間違いがあってはならないとする
シーア派にとって過ちを起こす人間の合意によって選ばれる
スンナ派のイマーム(カリフ)観とは相いれません。

一見シーア派の方が保守的に見えますが、
血統にこだわらなかった分、
宗教的慣行を重視したスンナ派の方が実際には保守的で
シーア派は歴代イマーム(ムハンマドの血を継ぐ宗教的指導者)によって
イスラム法の変更が可能と考えられているので
比較的融通が利き、進歩的です。
例えば、イスラムと言えば偶像崇拝のタブーが有名ですが、
これはスンナ派によるもので、シーア派のイランでは多くの宗教画があり、
ホメイニ師など聖職者の顔写真もそこら中にあります。
イランは革命前普通に世俗国家だったので
すんなり受け入れられたとも言えますが、
日本のアニメなども放映されていて「キャプテン翼」が特に人気です。

現在、シーア派におけるイマームは「隠れている」とされ、
普通の人には見えない姿で存在し続け、
将来この世に救世主「マフディー」として再臨し、
公正と正義が回復されるとされており、
キリスト教のメシア思想と通ずるものがあります。
さらに誰をマフディーとして認めるかについてシーア派内でさらに分派しています。

原理主義VS世俗主義~西洋法との関り~

イラン、イラク、アゼルバイジャン、バーレーン以外の
多くの国はスンニ派なので
現在の中東は多数派のスンナ派が
少数派のシーア派をいじめているようにも見えますが
カトリック教会のようにまとまった組織があるわけではないので
スンナ派も一枚岩ではありません。
例えばサウジ聖地メッカを有する原理主義国家ですが、
オスマン帝国の流れを汲むトルコ
シャーリアを排除して西洋法を受け入れている世俗主義国家
エジプトイスラム法と世俗法の折衷のような体制を築いています。
カショギ事件で表面化したように、シーア派とスンナ派だけではなく、
原理主義と世俗主義の対立も存在しているわけです。

国家分裂を繰り返すイスラム諸国

今回とりあえず国名を書き込んだものの
一つの国の中でも様々な宗派があるので厳密な線引きは非常に困難でした。
例えばイラクはシーア派が多数派ですがフセイン政権はスンナ派でしたし
逆にシリアはスンナ派が多数派ですが
アサド政権はシーア派の一派アラウィー派で占められています。
イエメンのフーシ派、バーレーンのハリーファ家など
こうした逆転現象が中東各地で見られます。
シーア派とスンナ派、原理主義と世俗主義など
宗教対立だけならまだ理解しやすいですが
さらに複雑なのは民族問題が絡むからです。
フセインもアサドも宗派は違いますが同じバアス党に所属していて
バアス党は世俗的な近代化を目指す汎アラブ主義を唱え
イランやサウジで支配的なイスラム原理主義に対抗する存在です。
世俗主義の盟主というとトルコのイメージですが、
トルコはオスマン帝国でアラブ人を支配していたトルコ人の国です。
そしてアラブの盟主というとエジプトのイメージですが、
中東戦争でイスラエルと単独で講和したことからアラブの連携が乱れたため、
以降はサウジが民族ではなく
イスラムという宗教的結束でリーダーシップを取ってきました。
また各勢力から利用される少数民族クルド人の問題もあります。

唯一の例外~革命イラン~

トルコは世俗派なのに
シリア内戦において原理主義を唱えるムスリム同胞団を支援してたり、
原理主義のサウジが対イランでユダヤ教のイスラエルにすり寄ってたり、
逆にイスラエルはイランイラク戦争の際こっそりイランを支援してたり…
その時々で流動的に関係が変わるのでもうめちゃくちゃですw
唯一はっきりしているのは
構成民族と信仰宗派がまとまって安定した国家運営をおこなっているのは
ペルシャ人でシーア派のイラン一国だけという事です。
自分がイランに親近感を持つのはまさにこの点ですが、
イスラエルや欧米が革命イランを危険視しているのもこの点でしょう。
この複雑な中東世界を作ってきたのはほかでもない欧米諸国です。
欧米は石油利権のため民族や宗教を意図的に分断して直線の国境を引き、
民族対立や宗教対立を焚きつけてきたのです。
そこでまとまった強力なイスラム国家が核兵器を持てば
中東におけるイスラエルの優位性が一気に損なわれるでしょう。
しかし、イランイスラム革命非暴力な思想の元で生まれ
スンナ派でアラブ人である
隣国イラクのフセイン政権に戦争を仕掛けられこそすれ
革命後一度も他国に侵攻したことはありません
逆に厳しい戒律のため国内の人権問題が激しく、
隣国と相次いでトラブルを起こしているのは
未だに絶対君主制を取るスンニ派のサウジなのですが、
アメリカやイスラエルと仲が良いので見逃されている状況です。

イスラム教は元来平和的な宗教である。

ネトウヨをはじめ新右翼の中には
イスラム過激派の残酷なテロの印象もあり、
イスラムを拒絶し嫌悪する傾向がありますが、
大川周明など日本の伝統的右翼はむしろ
キリスト教的近代化に対抗する存在として
イスラムが熱心に研究されてきました。
イスラムは本来他宗教に寛容な宗教です。
北アフリカから東南アジアまでイスラム教が広まった要因は
アラブ人以外にも救いを与え、地域の民族信仰を排除しなかったからです。
キリスト教(西洋)が帝国主義と結びついて
世界各地を武力をもって侵略して布教してきたことを考えれば
イスラム教の方がいくらかは平和的だと言えるでしょう。
イスラムはユダヤ教、キリスト教よりも新しい宗教で
ユダヤ教はイエスもムハンマドも本物のメシアではないと考え、
キリスト教はメシアのイエスの後に名乗った
ムハンマドは偽物であると考える中、
イスラム教はイエスも偉大な予言者であると認めているのです。

以前の政治思想スペクトルは
西洋(キリスト)思想スペクトルと呼んでも良いでしょう。
我々が西洋的、キリスト的視点で
イスラム圏での人権問題信教の自由に対して
意見する方が押しつけであり、ナンセンスであると言えます。
たしかにイスラム教が人権の概念が発達する以前の中世の成立であり、
イスラムの内側でも改革の声が上がってはいます。
西洋法を受け入れたトルコやアラブ人としての結束を試みたエジプトなど
様々な試みがありましたが、
イスラエルやアメリカの妨害で中東全域に波及するには至っていません。
中東紛争を解決する希望として
私個人としてはイスラム革命を成功させたイラン
アラブの春で目覚めたイスラム民主主義に期待せざるを得ないのです。

イスラム諸国が一致団結できるような
マフディーはいつ現れるのでしょうか?

コメント

  1. patton より:

    SECRET: 0
    PASS: 74be16979710d4c4e7c6647856088456
    随分詳しく詳細に書かれてるね。
    私の知らなかったことやうやむやだったことがこれ一つで分かります。
    中東の直線国境は西洋が管理しやすくため、
    その昔、川などで国境を決めたのではなく、緯度で決まっています。
    イスラム教がだれか絶対的なリーダがいないからもめると聞いていたのは
    スンニ派だったのですね。シーア派にはムハマンドの血統があるというわけですね。
    イスラム教が勢力を伸ばしているのは気が気ではありません。
    なぜかというとイスラム教裁判は、証拠でこの人だとわかっていても
    その人が善行を行っていれば裁判がひっくり返ってしまうからです。
    例えばちょっと前になりますが年端も行かぬ少女が、彼女の父親の雇い主から
    性的強要をされた事件がありましたが、「この人は違うよ」「この人はいい人だ」
    と証拠を無視した発言が採用され、イスラム教で禁じている結婚前の性交渉をしたということで、その少女は死刑になりました。
    このようにイスラム教には免罪符があるのです。
    私はこんなばからしい裁判はすぐにでも辞めさせるべきだと思う。
    自分たちの不利なところはジハードを持って徹底抗戦。話が通じません。
    本当に中東には平等があるのでしょうか。
    私は豚肉、とんこつラーメン喜んで食べますw
    PS
    過激派がイスラエルと和解した国家とそうでない国家と
    ただ分けただけというのには驚きました。
    つまり中東でイスラエルに武力を使う国を”過激派”
    和解した国は”穏健派”というわけですね。
    勉強になりました。

  2. マンマルX より:

    SECRET: 0
    PASS: 74be16979710d4c4e7c6647856088456
    > pattonさん
    シーア派にもスンニ派の教義に限りなく近いザイド派や
    キリスト教や仏教なども入り混じったもっとも異端的なアラウィー派、
    世俗化が進んでいてイスラエル軍にも入隊できるドゥルーズ派など
    様々な宗派が存在しますが、
    スンナ派ほど内部対立しているイメージはありませんね。
    シーア派は革命イランを除きそれほど大きな勢力でないという事と
    四面楚歌のイランが周辺国のシーア派系組織を支援している構図があります。
    レバノンのヒズボラ(12イマーム派)
    シリアのアサド政権(アラウィー派)
    イエメンのフーシ派(ザイド派)
    ちなみにISILはスンニ派でイランとも対立してます。
    二大宗派であるスンナ派、シーア派
    お祈りの回数やイマームの価値など違いはあれど
    実際のところそれぞれの教義に関してはほとんど大差がないようです。
    この二大宗派の対立は教義そのものでなく地政学的要因が非常に大きいようです。
    サウジアラビアの東部にはシーア派国民が多いのですが
    そのエリアは巨大な油田があるため
    これを巡って政治的な駆け引きが行われています。
    中東には石油というファクターもあります。
    宗派、民族、石油、これが複雑に絡み合っています。
    イスラム帝国やオスマントルコの時代は
    これを一つの国家が治めていたわけですから、
    欧米がイスラム帝国の復活を恐れるのも無理ないのかもしれません。
    イランやサウジなど原理主義国の司法制度は
    度々人権問題として取り上げられていますが、
    死刑制度に対する日本人の支持と死刑廃止国からの批判に似てる気がします。
    なぜ未だに中東でシャーリアに基づく
    厳格なイスラム裁判が行われているのかというと
    国民の大半がそれを望んでいるのです。
    にわかに信じがたいかもしれませんが、
    イスラム教徒はそれだけ敬虔な人々であるとも言えます。
    基本的に非ムスリムにはシャーリアは適応されないので
    飲酒などをしても罰せられることはないですが、
    昔、トルコで全裸になった江頭2:50の事件にもあるように
    郷に入れば郷に従えで
    旅行者も常識の範囲レベルの礼節はわきまえる必要はあるようです。
    江頭に関しては日本でもアウトレベルですが、
    世俗主義のトルコでこの騒ぎですから
    サウジやイランだったら間違いなくただでは済まなかったでしょうね…(;^ω^)
    ��S
    イスラムにおける過激派と穏健派の区別ですが、
    本来の意味で使われないという意味で
    日本の右翼と左翼の区別にも似てる気がします。
    本来のイデオロギー的な意味合いから
    単に親日か反日か?という意味合いに成り下がっています。

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