オウム真理教とハルマゲドン

Aum symbol
(出典:Atrantica

オウム真理教とは1987年に誕生した麻原彰晃を開祖とする仏教系新興宗教。
元々はヨガ教室であったが後に宗教化し、
昭和天皇崩御、ソ連崩壊、バブル崩壊などが相次いだ90年代初頭、
世紀末という時勢における社会不安を背景に
理系の高学歴者から社会的弱者などを取り込み、
ソ連崩壊後のロシアで一定数の信者を獲得するなど海外にも進出し急成長したが、
実態は麻原による恐怖政治であり、
信者とのトラブルや地域社会との不調和の末、
1989年に坂本堤弁護士一家殺害事件を起こし
さらにナチスが開発した化学兵器サリンを始めとする武器を秘密裏に製造して
1994年松本サリン事件
1995年地下鉄サリン事件など大規模なテロ事件を起こし世界を震撼させた。

地下鉄サリン事件の救助の様子
(出典:東京消防庁 Tokyo Fire Department
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麻原彰晃と水俣病

麻原彰晃
(出典: https://www.youtube.com/@royalchanel9229

開祖である麻原彰晃(松本智津夫)は1955年、熊本の貧しい畳職人の家に生まれた。
先天性緑内障のため左目がほとんど見えず、
12歳年上の長兄は全盲、5男も弱視だった。
麻原兄弟の視覚障害は水俣病の影響という説があり、
同様の視覚障害を与えるサリンを使ったのは水俣病の復讐であり、
水俣病の原因である水銀を海に垂れ流した
チッソ株式会社の社長である江頭豊が
皇太子妃雅子殿下の母方の祖父にあたるため、
麻原の国家転覆、反皇室の思想に結びついたという説がある。
戦後の暮らしの西洋化のため畳の需要は落ち、
幼い頃から貧しい暮らしを余儀なくされ、
高度経済成長の暗黒面である公害に起因する身体的ハンデを負うなど
麻原彰晃はあらゆる意味で戦後日本の負の産物といえる。

国家転覆への道とマスコミの罪

麻原は自らを「ヒマラヤで最終解脱した日本で唯一の存在」
空中浮揚もできる超能力者と吹聴し、
ヨガ教室時代からムーを始めとするオカルト雑誌や
マスコミで取り上げられていた。

「超能力「秘密の開発法」すべてが思いのままになる!増補版」
(大和出版、1987年10月25日発行)

坂本堤弁護士一家殺害事件-地域社会からの離脱-

脱会信者監禁、暴行、財産収奪、薬物使用疑惑、内部リンチなど
徐々に教団内部の問題が浮き彫りになり、
信者救済のため、坂本堤弁護士反オウムの急先鋒として
週刊誌やテレビなどに登場すると
1989年、麻原指示の元、オウム信者が弁護士一家をポア(殺害)した。
坂本弁護士と妻、一歳になる子供の遺体を
新潟、富山、長野と別々に遺棄して、教団ぐるみで事件を隠ぺいした。
これを期に宗教団体としてのオウムは一線を越え、
オウムに反抗する人々に対して攻撃を始めた。

ポアとは元々、チベット仏教で
「魂を高い世界に移し替える(遷識)」という意味の宗教用語。
麻原彰晃がこの言葉を歪曲し、殺人を指す隠語とし、殺害を正当化した。

長野県大町市にある殺害された坂本堤の長男の慰霊碑
(出典:Qurren

坂本一家の失踪は当初からオウムの関与が疑われたが、
戦前の治安維持法や特高警察の反省から
「信仰の自由」「政教分離原則」などが順守されたため、
国家権力が民間宗教団体に介入する事自体が大きな障害であり、
警察の捜査も手詰まり状態だった。
また、この期に麻原彰晃は数々の著名人と会談を行い
積極的にテレビ番組に出演、イメージ改善を図り、
次第に世間からオウム真理教への嫌疑は薄れていった。

この事件に関しては、地下鉄サリン事件後の捜査の中で
TBS番組スタッフが教団幹部に放送前の坂本弁護士のインタビュー映像を見せ、
事件の発端になった経緯が明るみになり、
TBSビデオ問題としてTBSに厳しい批判が集まった。
TBSは事件当時この事実を公表せず、6年近く隠蔽した。

1990年には真理党を結成し麻原と信徒25人が衆院選挙に立候補、
尊師マーチに代表される「オウムソング」を歌い踊るなど
数々の奇抜なパフォーマンスを行った。
坂本弁護士一家殺害の動機はこの政界進出が背景にあったとされる。

松本サリン事件-オウムの武装化-

選挙の結果は大方の予想通り惨敗だったが、
教団は選挙に不正があったとして国家権力の陰謀を主張し、
この選挙を通して平和路線から武力による権力掌握に乗り出し、
大規模なテロ行為へと繋がっていく。

オウム真理教は優秀な科学者を抱え、
山梨・静岡両県内に形成されつつあったサティアンと称する大規模施設群等において、
秘密裏にボツリヌス菌等の生物兵器の培養やサリン、VX等の化学兵器の生成を開始した。
ソ連崩壊後の混乱期のロシアに乗じて
AK-74を模倣した自動小銃の製造、サリン散布用にミル17戦闘ヘリの購入、
軍事訓練を受けるなど、独自の戦力の確保に邁進していた。

1994年、6月27日に長野県松本市の住宅街で
オウム真理教信者がサリンを散布し、8人が死亡、約600人の負傷者を出した。
松本サリン事件の動機は教団施設に反対する住民運動と、
それに伴う法廷闘争を担当する裁判官らを殺害し、計画を強行することだったが、
製造したサリンの実用試験の側面も考えられる。

有機リン系のサリンが散布されたことは比較的早くに分かったものの
一民間宗教団体が生産、使用するとは想定されておらず、
「謎の毒ガス事件」としてマスコミ報道も過熱。
杜撰な捜査を実施した警察とマスコミのなれ合いから
妻も被害にあったにもかかわらず、薬品を持っていたことから
第一発見者である河野義行氏が疑われ、長らく容疑者として扱われた。

この時点でも誰もオウムの暴走を止めることはできなかった。
オウムはサリンの効果に自信を持ち、翌年ついに首都圏でポアを実行する。

地下鉄サリン事件-国家権力との最終戦争-

1995年3月20日、朝の通勤ラッシュを狙い
東京首都圏の地下鉄で複数路線で同時多発的にオウム真理教信者がサリンを散布、
14人死亡、約6300人の負傷者を出す大惨事が起きた。
平時に民間人を標的とした世界初の化学テロとして世界中を震撼させた。

汚染された地下鉄車両を除染する自衛隊員
(出典:陸上自衛隊

警察や公安当局によるオウム真理教への捜査は徐々に強まり、
教団に対する大規模強制捜査も近いと言われていたが、
地下鉄サリン事件は警察に対する捜査妨害の側面だけでなく、
霞ヶ関の官庁街を通る地下鉄路線が狙われている事から
国家権力に対する攻撃の意図もあった。
世界では2001年のアメリカ同時多発テロによって
国家対テロリストの新しい戦争が始まるが、世界に先駆けて日本で始まった。

また、オウム真理教にとって首都圏で起こした地下鉄サリン事件は
ハルマゲドンを引き起こす宗教的な行為とする説もある。
1月17日に阪神淡路大震災が起きたばかり、
この年はまさに世紀末を思わせるような黒い霧が日本中を覆った。

わずか2日後の3月22日、機動隊員や捜査員など数千人規模が
山梨県上九一色村のサティアンの強制捜査に投入された。
この強制捜査は元々、サリン事件とは別容疑で予定されていたものだったが、
オウムに完全に先を越される形となってしまった。
強制捜査により、数々の兵器開発が判明。監禁され、行方不明だった信者も発見された。

(出典:警察庁)

二か月後の5月16日、隠し部屋に潜んでいた麻原を発見、逮捕した。
教団幹部も相次いで逮捕され、供述により坂本弁護士一家の遺体を発見、
その他のオウム関連の犯罪がようやく明るみになった。
一連のオウム事件は、前代未聞の宗教団体による凶悪犯罪であり、
公安も警察も初動対応が遅れ、暴走を止めることができなかった。

また、ワイドショー的に面白おかしく取り上げ続けた
マスコミの責任も大きいと言わざるを得ない。
当時敵対していた幸福の科学は政治進出を10年遅らせた。

ハルマゲドンとアニメ

オウム真理教の教義であり、
勧誘の煽り文句といえばハルマゲドンである。
ハルマゲドンとはキリスト教などアブラハム宗教における最終戦争の事で
世紀末1999年7の月に人類が滅亡するという
当時流行したノストラダムスの大予言がハルマゲドンの到来を意味するとして
これからできる限りの人を救うことを目的とし活動していた。

究極目標は日本が最終戦争で滅亡した後に
祭政一致の独裁国家「真理国」を立ち上げる事だった。
政治思想は反共産主義、反資本主義。
フリーメイソンによるユダヤ陰謀論(シオン議定書)を堅持し、
資本主義の親玉としてアメリカ、その影響下にある日本政府を敵視した。

新興宗教の成せる技であるが、
オウム真理教は仏教系なのでキリスト由来のハルマゲドン思想は少々奇妙に思える。
そもそもハルマゲドン思想は
角川のアニメ映画「幻魔大戦」に強い影響を受けたものであると言われている。
幼少期の麻原はテレビアニメを好む普通の少年だった。
サリンを「魔法使いサリー」と呼んだり、
オウム真理教のCSI(後の科学技術省)が開発したファン式空気清浄機の名称に
「宇宙戦艦ヤマト」のコスモクリーナーを採用するなど
何かとアニメにまつわる部分が多い。
教団自身もアニメ・漫画ファン層への布教を目的として、
1991年に「MAT(マンガ・アニメ・チーム)」というスタジオを設け、
オウム出版から漫画を出版するかたわら、
麻原本人が声をあてた勧誘アニメを制作した。
コミケなどにも勧誘に出向いたり、
秋葉原などでマハーポーシャという格安PC販売の直営店を経営するなど
オウム真理教に少なからずオタク体質があったことがわかる。

この胡散臭さや荒唐無稽さに何故優秀な高学歴者が騙されたのか
大きな謎であるが、このオタク気質はひとつの答えになるかもしれない。
麻原本人に強いカリスマ性があったことは否定できないが、
北朝鮮に憧れたよど号ハイジャックの実行犯が
「われわれは 明日のジョーである」と声明を出したように
オウムにも一種の幼稚性を見ることができる。

国家制度を模した省庁制を採用し、最高法規として基本律を作るなど
小規模なヨガサークルから生まれ、最終的にオウム国家建設の野望を企てた背景は
オカルトおたくのごっこ遊びにも見えてくる。

仏教原理主義

先述の幼稚性とは別に麻原が仏教原理主義を標榜し
広く信者を獲得したことは見逃せない。
オウム真理教はチベット仏教同様に厳格な出家主義であり、
信者を家庭や職場のような一般社会から隔離し、厳しい修行を繰り返した。
そこで麻原絶対服従のマインドコントロールが行われた。

仏教の真髄を知るには中国、朝鮮半島を経て日本に入った大乗仏教ではなく
釈迦の教えが強く残っていると言われるチベット仏教を学ぶべきとして、
チベット亡命政府の日本代表であったペマ・ギャルポと接触し、
その助力によって2回にわたって
ダライ・ラマ14世とインドで会談することに成功する。

オウム真理教の教義は伝統的なチベット仏教をベースにしながらも
キリスト教の終末論、
ノストラダムスの大予言などが入り混じったものであったが、
チベット仏教からお墨付きを得たとして
「オウム真理教は仏教の正統進化である」と宣伝に大いに利用した。
そして一部の宗教学者もオウムを本物と思い込み支持した。

尾崎豊の損失

オウムは幹部クラスに多かった理系の高学歴者ばかり注目されるが、
多くの新興宗教同様に大多数は普通の社会的弱者で構成されていた。
地下鉄サリン事件の実行犯の一人であり、
オウムの諜報大臣の地位にあった井上嘉浩熱心な尾崎豊のファンだった。

尾崎豊のレリーフ
(出典:李桃桃内

オウム真理教は若者の教祖と呼ばれた尾崎豊のイメージを最大限利用した。
尾崎豊フィルムライブと称してセミナーを開催して尾崎ファンを多数あつめ、
1992年に尾崎が謎の死を遂げると
「尾崎はアメリカ(CIA)に殺された」とするビデオを作成し、
失意のファンを勧誘した。
「15の夜」などの歌詞に見られる不良イメージとは反対に
多くの尾崎ファンは家庭問題を抱え、
学校でイジメを受けるような真面目で従順な人が多く、
当時、オウム真理教に入信した若い信者の多くは
尾崎豊の詩のような心境だったと井上自身が告白している。

首都圏で起きた騒乱としては
1936年(昭和11年)の二・二六事件があるが、
二・二六事件が陸軍皇道派の青年将校が起こした
国家改造を目的とし、政治家を狙ったクーデターだったのに対して
1995年(平成7年)の地下鉄サリン事件は宗教団体が起こした
国家転覆を目的とし、一般市民を狙った無差別テロ事件だった。
ただ、その背景にある昭和初期と平成初期の
日本社会の停滞感はよく似ている。

地下鉄サリン事件以後、教祖以下幹部は軒並み有罪判決を受け、
新世紀を迎え、ハルマゲドンも訪れなかったことから教勢を弱めたが、
アーレフ(Aleph)と名を変えて現存、
開祖である麻原絶対主義を維持しているとされ、
今も公安調査庁の観察処分対象である。
リアルタイムで数々の凶悪事件を知らない若者が再び狙われている。

翌年に改元を控えた2018年(平成30年)に2回に分けて
上川法務大臣時代にオウム事件の死刑囚の死刑が実行された。
教祖の死後、後継団体はどういう道を歩むのだろうか…

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