影の外務大臣。

安倍元総理が12月1日、台湾のシンポジウムにオンラインで参加し、
「台湾有事、それは日本有事だ。日米同盟の有事でもある。」
「習近平主席は断じて見誤るべきではない。」

などと発言し、中国が反発しています。

台湾に軍事的圧力をかける中国を牽制した形ですが、
首相在任中にはなかったかなり踏み込んだ発言であることには違いありません。
中国は1日の記者会見で「強烈な不満と断固たる反対」を表明し抗議。
その日の晩に外交部の華春瑩(か・しゅんえい)外務次官補が
日本の垂秀夫駐中国大使を呼び出し、
「日本は台湾についてあれこれ言う資格と権利はない」
「台湾独立勢力に誤ったシグナルを発してはならない」
などと主張しました。

中国の反発は予想されたものですが、
台湾侵攻が起これば間違いなく日本の海上シーレーンが脅かされ、
尖閣諸島など米軍基地のある沖縄周辺は100%戦争に巻き込まれます。
軍事的な常識があれば当然ですが、
ベトナム戦争のような対岸の火事には収まらず、朝鮮有事よりも深刻と言えます。
台湾侵攻が日本の存立に大きくかかわるのは事実であり、
安倍元総理の発言はこの事実に基づいたものであるし、
台湾の主権問題について触れたわけではなく、
中国に台湾に対して軍事的行動を取らないように釘を刺したにすぎません。
つまり中国の指摘は全く当たらない
むしろこの過剰反応はかえって中国の武力行使の現実味を鮮明にしており、
抑止として安倍元総理の発言には大きな効果があったことを裏付けるものです。

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日本の反論

中国の抗議を受けた垂秀夫大使は

  1. 政府を離れた方の御発言の一つ一つについて政府として説明する立場にない。
  2. 台湾をめぐる状況について日本国内にこうした考え方があることは中国として理解する必要がある。
  3. 中国側の一方的な主張については受け入れられない。

と反論しました。

従来の日本政府なら1番目の発言が出たらいい方でしたが、
しっかりと反論している事がポイントであろうと思います。

このシンポジウムに参加する前日に
安倍元総理は退任以来初めて首相官邸に入り、岸田総理と会談しています。
表向きは派閥の長としての挨拶と言われていますが、
事前に何らかの相談をしていた可能性はあります。
新型コロナウイルスの感染拡大で見送られはしましたが、
岸田総理は安倍元総理に対して
マレーシアに特使として派遣を要請していたように
政府を離れた人間であるにもかかわらず、
影の外務大臣のような働きをしているのも事実でしょう。

台湾侵攻の可能性

安倍元総理がこう言わなければならないほどに
台湾海峡は急激に緊迫化しています。
今年に入り台湾の防空識別圏に侵入した中国軍機の数は
昨年の380機を大きく超えて680機に到達しました。
特に10月1日から4日にかけては149機が侵入。
4日には過去最多の延べ56機が侵入し、軍事的挑発を続けています。
中国は「一国二制度」を謳い中国統一を語ってきましたが、
香港の情勢をみれば不可能と言えるでしょう。
台湾は香港の二の舞を踏む事はしません。
中国軍は2025年には本格的な台湾侵攻が可能になると言われており、
中国人民解放軍が2027年に建軍100周年を迎えることから、
アメリカは中国が今後6年間に台湾へ直接介入する可能性を懸念。
中国と台湾の軍事的緊張は過去40年間で最も高まっている状況です。

本音と建前の外交

Joe Biden light the National Christmas Tree for 2021 Christmas

12月6日、アメリカのバイデン政権は
中国のウイグル族に対する人権侵害などを理由に
北京オリンピックに外交官を派遣しない外交ボイコットを正式に発表しました。
これに欧州諸国も追随するのか注目されていますが、
バイデン政権は「各国の判断にゆだねる」とし、
同盟国にボイコットを呼びかける事はしないという事です。

Yoshimasa Hayashi 20150223
林芳正外務大臣
(参照:首相官邸

この発表を受け、日本が積極的にボイコットする理由は当面無くなりました。
岸田派(宏池会)は自民党の中でも親中派と言われていますし、
岸田総理自らが開会式に参加することはないとしても
中国から訪中要請を受けていた林芳正外務大臣
オリンピックに合わせて訪中するのか、
もしくはボイコット論を汲んで大臣級は派遣しないという手も考えられますが、
いずれにせよ日本政府としては通常通りに外交官を派遣する方向でしょう。
天安門事件の時もそうですが、日本は中国が欧米と対立する時は
常にアジアの隣国として助け船を出してきた経験があります。
確かに地理的に近いという地政学的な特徴を考えれば
日本が安易に欧米に追従できないのも分かりますが、
今回は安倍元総理というオプションがあります。
安倍元総理は対中国を念頭に置いた
自由で開かれたインド太平洋戦略クアッド(日米豪印戦略対話)
提唱した人物であり、
岸田内閣は建前として中国と友好的な外交関係を維持しつつも
安倍元総理の影響力本音として利用するのかもしれません。

中国・ロシアの極東での結託

香港を完全に取り込んだ中国共産党は
北京オリンピック後に台湾侵攻を想定していると噂され、
北京オリンピックの開会式に参加するプーチン大統領の
ロシアもクリミアに続いてウクライナ侵攻の機会を覗っています。
またロシアは欧州だけではなく、極東でも軍事的影響力を強めています。
安倍総理在任中は比較的落ち着いていたものの
今年6月に北方領土で大規模な軍事訓練を行い
10月には中国海軍の艦艇と共に中露艦隊が津軽海峡を通過
11月に北方領土の択捉島に地対空ミサイルを設置し、軍事拠点化を進めています。

安倍元総理とプーチン大統領には個人的な友好関係がありましたが、
菅政権以降、コロナ禍もあって対面との会談が2年以上途絶え、
その間にロシアによる北方領土の実効支配が強まった感は否めません。

バイデン政権が北京オリンピックボイコットを発表した6日、
インド訪問中のプーチン大統領はモディ首相と会談し、
クアッドの一員であるインドを切り崩そうとしていますが、
非同盟主義のインドを説得してクアッドに参加させたのも安倍元総理です。
中国の海洋進出に対して欧米艦隊が相次いで日本に集結する中で
ロシアが極東地域のプレゼンスを高めるのも分からなくはないですが、
両国とも領土問題を抱える中露が手を結んだ状態は
日本にとっては欧州以上に危機感を持つ必要があります。
このロシア外交こそ安倍元総理の得意分野でもあります。
安倍元総理には停滞気味のロシア外交にも積極的に参加してほしいと思います。

台湾のジレンマ

安倍元総理の台湾有事発言は台湾にとって本来歓迎されるべきものですが、
「尖閣諸島が日本領土であり、日米安保の適用範囲である」という主張は
尖閣領有を主張する台湾の立場とも相いれないものであり、
手放しで喜べるものでないことも事実です。
尖閣の主権認識については蒋介石を継ぐ外省人系の野党国民党だけでなく
本省人系の与党民進党も同じ立場です。
中国も台湾も尖閣問題においては対日本で一致しています。
台湾は中国に比べ尖閣を奪うような露骨な強硬手段は取りませんが、
中国は尖閣問題について台湾や香港の活動家を支援している側面もあり、
台湾国内の領有主張が中国に利用され
かえって台湾の中共支配を進めた部分もあります。
台湾自身も一枚岩ではありませんが、
尖閣が日本であり続ける事よりも、中国の領土になる方が最悪でしょう。

台湾の尖閣領有主張は国連における中国代表権問題の頃、
中国の領有主張に対抗した事に端を発しますが、
1970年代に尖閣周辺の海底資源が明らかになってから言い出したもので
中国も台湾も主張に正当性はありません。
そして1972年に田中角栄が日中平和友好条約を結んで日中国交正常化、
中国は尖閣問題を一時棚上げ、
一方の台湾とは以来国交断絶状態となり、交渉する機会は失われたのです。

そもそも台湾自体が日本だったので領土問題も何もなかったわけですが、
台湾においては尖閣周辺の漁業権の問題であるとも言われています。
台湾独立派や昨年97歳で亡くなれた本省人の李登輝元総統
尖閣は日本の領土であると認めてくれていました。
台湾自身の存立が脅かされている状況で
台湾人も自らの立場を明確にし、覚悟を決める必要があります。
それはあの時、台湾を見捨てた我々日本人にも言える事です。
台湾のTPP加盟北京オリンピックの外交ボイコット
その最初の一歩になるのかもしれません。

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