経済と安全保障。

現在、米中の貿易摩擦が問題になっていますが、
安全保障上の理由とされる
アメリカによる鉄鋼とアルミニウムの関税引き上げ
中国だけでなく、同盟国である日本にも適応されており、
他人事ではありません

NAFTA(北米自由貿易協定)を結んでいるカナダメキシコ
EU、韓国、オーストラリア、ブラジル、アルゼンチンと共に
除外の対象でしたが、
6月になってEUと共に輸入制限対象に追加されることになり、
アメリカの保護貿易政策は対中圧力に特化したものでなく
全方位的なものになっています。
安全保障が理由というのならなぜ同盟国まで対象にするのか?
EU、カナダ、メキシコも
相次いでアメリカに対して報復処置を行うことを声明しており、
トランプ大統領の保護主義政策が世界中に混乱を巻き起こしています。

2018 G7 Negotiations with Trump

軍事的には同盟国だけど…
アメリカをどうとらえていいのか分からないという人もいるでしょう。
経済と安全保障が一体であるという
外交の基本を理解することで物事は結構すっきりするものです。
この視点は日本人になかなか理解されていません。

貿易問題は過去日米間でもありました。
70年代から80年代にかけて
現在の米中のように日本とアメリカの貿易摩擦が問題になっていました。
日本が戦後から続く経済成長により、対米黒字を記録し続ける一方、
アメリカは貿易赤字と財政赤字が併存する双子の赤字と呼ばれる状況で、
この対日貿易赤字は年々増加する傾向にありました。
こうして標的にされたのがトヨタなどの日本車でした。
今のトランプ大統領のように
「日本は自由にアメリカに車を売っているが日本市場は閉鎖的だ」
と難癖をつけてきたのです。
マスメディアでは
アメリカの労働者が日本車を破壊するパフォーマンスが行われ、
ジャパンバッシングという運動が盛り上がりました。
アメリカの自動車産業の中心地デトロイトでは
日本人に間違われ中国系アメリカ人が殺害される事件も発生します。

今考えても無茶苦茶な話です。
単純に日本車が優秀だからアメリカ国民が日本車を選んだだけのことで、
日本国内でアメ車が売れないのは無駄にデカくて燃費が悪いのが理由です。
道路が広く、ガソリンの安いアメリカとはわけが違います。
アメリカの自動車産業はそんな日本の国内事情を把握せず、
日本輸出に対して何ら企業努力を行ってこなかっただけです。

こうしたことは自動車産業にとどまりませんでした。
コンピューター分野ではIBM産業スパイ事件が発生し
日立や三菱の社員が不当に逮捕され、
日本製スパコンが米政府の圧力によりアメリカから追い出され、
日本製OS、TORONはこの分野で先行し、
日本政府が教育用パソコンのOSに採用する事を決めていましたが、
アメリカがスーパー301条に登録したことで市場を締め出され、
その隙にWindowsがパソコン用OSを席巻することになります。
航空宇宙分野ではF2の国産戦闘機開発を進め、
航空産業へ参画しようとする日本に横槍を入れて妨害し、
日米共同開発に持ち込み、
日米衛星調達合意によって日本独自の人工衛星開発の抑制が行われるなど、
日米貿易摩擦はほぼ全ての分野に及び、
アメリカの一方的な干渉が行われました。

アメリカは牛肉オレンジの輸入制限の撤廃、自由化を日本に認めさせます。
アメリカ国内で大量に生産できる農畜産物を
日本に買わせることによって対日貿易赤字を是正しようとしたのです。
過去にイギリスが中国から大量のを購入し、
この対中貿易赤字を是正するために植民地インドで生産したアヘン
中国に買わせようとして戦争になった歴史もあります。
アヘンと農畜産物を比較するのもおかしいですが、
アメリカは遺伝子組換え作物の生産が最も盛んな国であり、
2000年代には狂牛病問題が発生するなど食の安全が疑われています。

現在の米中貿易摩擦の場合、
アメリカの追加関税に対して中国もただ見ているだけではなく
対抗処置を取るなどして経済戦争の様相を呈していますが、
政治的影響下にある日本の場合、ほとんど対抗処置は行われませんでした。
反撃しない事をいいことに日本を虐めるなんて酷いと思われるでしょうが、
これは経済関係と安全保障関係に齟齬があるために起こった事象です。
経済と安全保障が一体であるということは
EUとNATOの関係を見ると分かりやすいですが、
日本の場合、安全保障を完全にアメリカに依存する一方で
経済的に自立していました。
特に日本とイランシリアなど
反米中東諸国との外交関係は経済関係をベースに非常に良好です。

厳密にいえば日米同盟もアメリカの日本防衛義務のみで、
決して対等であるとは言えませんでした。
当時、米ソデタントが進み、
アメリカはソ連への軍事的緊張状態を緩和する一方で
経済的に急成長する日本を警戒していました。
経済が著しく停滞していたソ連が経済援助を求めて
北方領土問題などで
日本に譲歩する姿勢を見せたこともアメリカの態度を硬化させた理由です。
湾岸戦争の際、日本が資金援助のみで
自衛隊を派遣しなかったことをアメリカで非難された事も象徴的です。
「いや、9条作って海外派遣を禁止したのもアメリカだろ」
って突込みはとりあえず置いておきましょう(;^ω^)
経済的に成長した日本が安全保障分野でも自立すれば
ソ連に代わる大きな脅威になると見なされたのです。
この頃のハリウッド映画を見ると反日要素が多く目に付きます。

今回のアメリカの輸入制限に関しても
国連のエルサレム首都認定撤回を求める米非難決議に
賛成した国に対して行われた
と言われていました。
当初除外されていたカナダ、メキシコ
恒久的な除外対象となったオーストラリア、ブラジル、アルゼンチン
非難決議を棄権しているか、
もともとアメリカにとって貿易黒字の国ばかりです。
仲間であるはずの日本が敵国であるイランやパレスチナと仲がいいことを
快く思わないのも分かりますが、
特に日本の場合は自国で資源がほとんど取れないので、
燃料資源や工業原料を輸入して加工したものを輸出する
加工貿易が基本であり自由経済でしか生き残れない国なのです。
当然産油国との関係も特別です。
戦前、日本は世界恐慌と
続く諸外国のブロック経済の影響を受け追い込まれた末に、
軍事力を背景に産油国を直接支配し、独自に経済圏を作ろうとした結果、
アメリカとの戦争に負けて国内産業は相次ぐ空襲により尽く崩壊しました。
こうした歴史的教訓を踏まえ、
戦後、日本政府や日本企業は努力して経済成長に注力し、
国際競争力を強化してきました。

結局、この貿易摩擦は
1985年のプラザ合意によって収束に向かうことになります。
ニューヨーク市のプラザホテルで
先進5か国(日、米、西独、英、仏)の財務大臣が集まり、
協調的なドル安路線を図ることで合意しました。
アメリカの対日貿易赤字が顕著だったため、
実質的に円高ドル安に誘導する内容であり、
輸出が重要な日本にとっては一方的に不利な合意でした。
この結果、日本は1986年12月から1991年2月まで
バブル景気という前例のない好景気に突入しますが、
その後のバブル崩壊失われた20年の原因ともなりました。
プラザ合意後も対日貿易赤字は増大し、
バブル期にはロックフェラー・センターが三菱地所に買収されるなど
ジャパンバッシングの火に油を注ぎましたが、
バブル崩壊によってようやく沈静化に向かいました。

GE Building by David Shankbone
(出典:NBCUniversal, David Shankbone)

経済学者アダム・スミスは
市場経済において一企業や一国家が例え利己的な利益を追求したとしても
「見えざる手」によって調和され全体の利益となり、
逆に政治的に手を加えた場合は有害か無益なものになると言いました。

アメリカは日本にとって政治的なボスであるだけではなく、
最大の輸出相手国であり、お得意様でもあるわけです。
アメリカの干渉に抵抗しても
輸出品に関税をかけられ結局困るのは日本なのです。
日本企業はこの一連の貿易摩擦とアメリカの反発を受けて
アメリカ国内に工場を作り、現地の雇用を産出する対応を取りました。
これはアメリカのみならず中国や東南アジアなどでも積極的に行われ、
現地国の景気にも影響を与えましたが、
この期に及んでトランプ大統領が同様の難癖を付けてくるのは理不尽な事です。
しかし、今回は一国を狙ったものではなく全方位的であることから
大統領選当初から言われてきた通り、
アメリカの志向がモンロー主義の回帰である証拠と言えます。

安倍政権は集団的自衛権行使を容認し、日米同盟をより対等なものにして
対中防壁という共通の利益を訴えて、アメリカをTPPに復帰させ、
EUとNATOの関係のように
軍事的同盟のみならず経済的な同盟国となることを望んでいますが、
この分だと日米同盟も怪しく感じてきます。
韓国は北朝鮮問題の絡みもあり、輸入制限除外対象ですが、
FTAで強気に出ることはできませんし、
北朝鮮問題の展開次第ではEU同様に輸入制限の対象になる可能性もあります。
こうした保護主義政策から
次の段階では世界中に展開する在外米軍の撤退が始まるかもしれません。
朝鮮半島の非核化の雲行きも怪しくなります。

こうしたアメリカリスクに対して中国とも経済的協力が必要かもしれませんが、
アメリカと中国はそれぞれ日本最大の輸出相手国であり、
どっちに付こうが経済的な制裁は免れないでしょう。
米中貿易戦争で最大の被害を被るのは日本かもしれません。
日本は現状中立的な立場をとって米中両国に自制を求めつつ、
TPP11を推し進め、EUと経済連携協定を結ぶなど
積極的な経済外交を展開しています。
トランプ大統領からもTPP復帰を示唆する発言が飛び出していますが、
単なるリップサービスの可能性もあり、真意は不明です。
G7で唯一対抗処置を留保し、
友好的にふるまっている日本がアメリカを引き留められるか?
日本の外交手腕が問われています。

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